百済寺(滋賀県東近江市)H26.11.23
百済寺は琵琶湖の東側に位置し、金剛輪寺・西明寺と並び「湖東三山」と呼ばれています。推古天皇14年(606年)に聖徳太子が建立したという寺伝がありますが、史料上の初見は寛治3年(1089年)です。比叡山延暦寺の勢力下に入り、平安時代から中世にかけて1000近い坊を持つなどかなりの規模を持った寺院でしたが、明応7年(1498年)の火災で本堂や周辺が焼失し、更に文亀3年(1503年)の戦火で全てが焼失してしまいました。

その後寺勢は回復したものの元亀4年(1573年)の信長による焼き討ちに遭い、またも全焼しました。その後江戸時代に入って再建され、慶安3年(1650年)には本堂・仁王門・赤門が完成しましたが、結局現在の建物はすべて近世以降の再建となります。

境内は赤門から本坊までは長い参道が続きますが、本坊前までは車道が続き、本坊には広い駐車場や受付があるため、赤門から歩いてくる人は少ないです。受付から境内に入ってすぐに池のある庭園や書院があり、更に参道を登った先に本堂があります。庭園の紅葉は綺麗ですが、遊歩道がとても狭くて、大勢の観光客が来ると身動きが取れなくなります。一部は池に落ちそうな場所もあり、ちょっとした注意力が必要です。

参道付近の紅葉も綺麗で、石畳と紅葉の組み合わせは雑誌等で紹介される定番となっていますが、勿論観光客が押し寄せる前にしか撮影が出来ないので、早朝での撮影が必須となります。規模は金剛輪寺・西明寺と比べてもかなり小さく、五重塔跡地・百坊跡・旧喜見院跡等跡地が多いせいか、見どころも少ないので、撮影の際は細かい箇所にも目を行き届かせる必要がありそうです。