田沢湖線(大曲~盛岡間)H6以下不明
盛岡と大曲を結ぶ横断線として建設され、盛岡側は橋場軽便線として1922年に盛岡~橋場間が、大曲側は生保内(おぼない)軽便線として1923年に大曲~生保間が開業したのが最初です。大正末期には全通の計画が日中戦争の激化で中止となり、更に橋場線の一部が不要不急線として休止されました。戦後に再整備となり、1966年に全通後は「田沢湖線」と改称しました。全通後も地味なローカル線でしたが、1982年の東北新幹線盛岡開業に伴って、盛岡~秋田間の連絡ルートとして電化工事が行われ、新幹線接続特急「たざわ」が運行を開始しました。その後、国鉄民営化後に東京~秋田間のミニ新幹線構想が浮上し、田沢湖線はそのルートとなりました。1996年から1年間運休し、軌間を新幹線と同じ1435mmの標準軌に拡幅した上で、1997年に秋田新幹線が開業、「こまち」が運行を開始し、現在に至っています。

田沢湖線内の駅は17ですが、新幹線駅のある盛岡・雫石・田沢湖・角館・大曲の各駅の他、小岩井・羽後長野の両駅以外の駅は全て完全な無人駅です。そのためJR東日本による乗車人数集計については、有人駅のみの集計になっています。運行形態は、田沢湖新幹線に在来線が接続することで運行本数を減らしている感があり、直通列車は一日3往復のみです。また、時間によっては8時間以上運行がない時間帯もあり、そのため短距離区間の乗車であっても新幹線を利用する客も多いとのことです。

私が田沢湖線を訪れたのは平成6年に2度ありましたが、正確な日付は勿論、どのようなルートで、何を目的に訪れたのかがさっぱり思い出せません。平成6~8年の2年間は転勤で東京に住んでいて、2年間のうちに色んな場所を巡ろうと毎週のようにウロウロしていましたが、始めのうちは目的もあやふやなまま行っていた上に、昔は手帳もつけていなかったため、写真は残っているものの記憶が残っていない状態です。写真を見て思い出すのは、初めて訪れたときは秋田駅付近に宿を取り、駅近くの大きなカーブで特急「たざわ」「いなほ」を撮影したこと、二回目は雫石駅まで鉄道で行った後、付近で「たざわ」と各停を撮影したことです。今は新幹線やJR車両が走り、沿線の雰囲気も変わったと思いますが、写真で当時の国鉄車両を見ると、記憶は定かではないにしろ撮影しておいて良かったと思いました。